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岩倉城跡

岩倉城跡

岩倉城は、織田伊勢守敏弘(おだいせのかみとしひろ)が築城して、尾張上四郡 (中島、葉栗、春日井、丹羽) を80年間治めていました。

 

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岩倉城跡は、昭和49年11月15日に岩倉史跡に指定されました。

室町幕府8代将軍足利義政のころ、幕府の権威が失墜し、応仁の乱という国内を二分する大きな争いがおきました。

尾張でも、守護代として権力を握っていた織田氏に内紛がおこり、文明10年 (1478年) 織田敏定と敏広との間で激しい戦いが繰り広げられていきましたが、和議にて織田敏広が岩倉城で尾張北部を、 織田敏定が清洲城で尾張南部を治めるという分割統治の時代になりました。

その後、信秀の子・織田信長が天文24年(1555年)清洲城主となったそうです。

このころの岩倉城主は、織田信安・信賢で、織田信長と反目しあい、永禄元年(1558年)、浮野合戦があり、永禄2年(1559年) 信長は岩倉城を落城させ、尾張の統一を果たしました。


 

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